昨日の続き

昨日、国語という話が出てきた。国語と日本語が同じものかどうかはともかく、小中学校で教える国語というものは現実生活にあまり役に立たないのではないか。いやもっと現実的に役に立つものにしなければならないと思う。 ISO規格の日本語を読んでその意味をすぐに分かる人は少ないと思う。なにせ審査員でさえ日本語の意味を正確に理解していないのだから。 学校では国語で、古文とか詩歌などを教えることはない。誤解をされては困るが、そういうのは国語ではなく別の科目にしてほしい。 国語では、日常の日本語を教えるべきだ。「は」と「が」の使い分け、「ら抜き」がどこまでは良く、どういうのが悪いのか、なぜ悪いのか、主語述語を漏れなく正しく書けということを国語で教えるべきだ。 みなさんは、主語述語がつながらない審査報告書をみたことはありませんか? 私は何十件と見ている。それは審査報告書を書くのに今はエクセルなどでマクロを組んで、主語や証拠を入れると自動的に文章を作るようにしている認証会社が多いからだ。だけど会社はお金を払っているのだから、そんないいかげんな文章にお金を払うのはおかしいだろう? また規格の文章を読んで、正しく意味を読み取らず、自分流の解釈で不適合を出されるのははた迷惑である。目的と目標にそれぞれ実施計画が必要というふうに読み取れるというのは、万葉集を読むならばともかくイチゼロのISOの世界には不向きである。 いや、それどころかISO規格規格を読んで、環境影響評価とか有益な環境側面など存在しない…

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