SONY

  私が高校生のときSONYに入りたかった。1960年代半ば、ソニーは光り輝いていた。学歴無用論なんてのが喧伝され、大学に行けない私には魅力があった。とはいえ入りたいと思っても入れるような会社ではなかった。 ラジカセという商品が出回ったのは1968年だそうだが、私はSONYなら信頼できると思ってソニーの製品を買った。家に帰ると初期不良品だった。販売店にいうと交換してくれたがそれも初期故障だった。サラリーマン新人時代であったし、ソニーに良くなってほしいという気持ちから、ソニーの本社に封書で意見を書いた。返事など来なかった。それで私のSONYへの信頼はがた減りした。それからソニーの製品を買わないことにした。 それから15年ほどして、家内の妹がソニーの販売会社に就職した。ベータマックスがいい、ウォークマンがいい、8ミリビデオがいい、義妹は勤め先の製品を宣伝し、私も付き合いからそういうものを買った。まあ可もなく不可もないという以上の印象はなかった。 社員にはカルト的熱狂を持たせ、現実は並みだったのだろう。 そして時代と共にドンドンとソニーは特別な会社ではなくなったように思える。ソニーがビジョナリーカンパニーといえたのは大賀時代までだろう。パソコンのVAIOは触ってもMACのような高品質感はない。MACが高品質だというわけではないが、高品質だと思わせるものがある。今の時代、高品質で売るのではなく、イメージ、感覚、印象で売っているのだから。 3月期の最終損益見通しが1300億の赤字だとい…

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