これから
今までは心のどこかでISO規格というものに、またISO認証というものに価値があるのだと考えていたのだろう。それは自分が仕事としてそういうことをしてきたものだから自分の人生を否定したくなかったということだろう。
会社を引退してはや5年弱、もうしがらみがなくなったようで、今はISO認証とは何だったのだろう、俺は無意味なことをしてきただけなんじゃないだろうかという気がしてならない。脅迫観念のようなものだ。
そんなことを今書いている。明日でもアップしたい。
今更ISO関係者が刺客を放っても怖くもなんともない。社会的に名はないし、師と仰ぐ人からも破門同様。自分の人生を清算しようかと、
「これから」ってなんだって?
いや、ちょっと漱石の真似を(笑)