歴史に学ぶ


今、歴史の本を読んでいる。急に歴史に興味を持ったわけではない。図書館に予約した本を受け取りに行ったとき、廃棄する本が大きなテーブル二つに積み上げてあり、お好きなものをどうぞとあったので、何冊かパラパラ眺めて、せっかくだからもらっていこうと1冊いただいてきた。
今それを読んでいる。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という鉄血宰相ビスマルクの言葉はよく聞く。この本には原文は少し(大きく)違って「愚者は自分の経験から学ぼうとするが、私は誤りを避けるために他人の経験から学ぶようにしている」と書いてあった。歴史とは学校で習う歴史をイメージするだろうが、原文では要するに人の振り見て我が振り直せという身近なことを参考にするというイメージだろうか?
原文のほうがわかりやすく、意味も納得しやすい。
とはいえ親の失敗を学ぶだけでなく、歴史上の出来事の起承転結を学ぶことは、一層様々な事例を知ることであり、生きていく上で役立つこと間違いない。
トロイ戦争を学べば、横恋慕、不倫はいけないと知るだろうし、大航海時代に続く植民地競争は欲をかくと後で請求が来ると思うだろう。

もうひとつ、トルストイは「戦争と平和」のエピローグに、歴史家が書く歴史は分かりにくいし知りたいことが書いてないとあるそうだ。私も一丁前に「戦争と平和」を学校の授業中に全巻読んだけど、そういう文章は記憶にない。ともかく「戦争と平和」は分かりやすい歴史とはこういうものだと示したのだろうとある。
確かにロシア宮廷とナポレオンだけでなく、一般庶民の暮らしを通した大スペクタクルだから興味100倍なのは間違いない。もっとも脚色が入るから真実とはずれていく。

そんなことを読んで私が思ったこと。
私が過去書いてきたISOにまつわる物語はISO第三者認証に関わった人たちへプレゼントする歴史物語ではなかろうかということだ。
時代的にみれば、初期はマネジメントシステム物語であり、中期はケーススタディや審査員物語であり、末期は今書いているISO第三世代だろうと思う。ISO認証以降というものも書ければ書きたい。だが私が生きているうちに認証制度の終焉がくるかどうかはどうだろう?
うん、そう考えると今はともかく、あと20年とか経ったときISO第三者認証とはどんな歴史をたどったのか、審査する立場、受ける立場、会社の文書管理や関連業務の人たちはどんな反応をしたのかとか知ることのできる読み物として残るかな? なんて思ったのであります。

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