認証可能性

「認証可能性」なんて言葉は聞いたことがない。実は今私が作った。
本日は認証可能性のお話し、では始まり始まり・・・
1995年頃のこと。
当時私はISO9001ISO9002の認証経験は複数あり、企業側のISO担当者としては素人ではないつもりだった。当時のISO9000シリーズはまさに即物的で、イエスかノウかが明白な判断基準であった。
そして私はそれ以前から品質保証業務に従事していたが、品質保証協定書にはお客様が管理して欲しいものが具体的に書かれていて、二者間の品質監査は守っている、守っていないが明確に判断できる世界だった。
さて、その頃マネジメントシステム規格を自称したISO14001のドラフトをみた。そしてこんな曖昧模糊の規格では監査も審査もできないだろうと思った。
 注意、ISO9000シリーズは当時は「品質保証規格」であった。
だがそんなイエスかノウか判定が困難な規格で、96年頃からISO14001のトライアル審査が始まり、97年から本格的に認証が開始された。当時見聞きした審査は、規格の意図が実現されているかを確認するのではなく、規格文言が書かれているかどうかを確認しているだけであった。
だから「規格では○○することとありますが、マニュアル(あるいは規定)には○○すると書いてありません」なんて不適合がジャンジャンと出され、いやそれ以外の不適合はちっともなかったのである。
そして我が愛しきISO90012000年改定で品質保証の厳格な規格から、いい加減などうとでも解釈される品質マネジメントシステム規格なるものとなり、その結果は・・以下略
ISO14001:2015のドラフトを拝見すると、ますますいいかげんさが増大し、もはや「認証可能性」は皆無としか思えない。
いや、これは規格が悪いと言っているのではない。
ISO26000というものがある。これは認証規格ではなくガイダンスである。ISO26000を読んで企業あるいは組織を改善したまえというありがたいお言葉なのであろう。
ISO140012015もまさにISO26000と同じように、成仏というか昇天したとしか思えない。この規格を良く理解して環境配慮の経営を行いなさいという位置づけなら納得であるが、果たしてこれを審査基準として認証審査ができるのかといえば、絶対にできないだろう。もちろんJAB傘下の日本の認証機関はこの規格を審査基準として認証作業をおこなうのは既定の路線であるが、その審査は規格の意図を踏まえた妥当なものとなることは期待できない。1996年版のときと同じく、規格文言の有無を比較するだけのものとなるだろう。その審査は規格の意図とは無縁で、認証企業の環境配慮とリンクするとは思えない。
要するに、認証可能性のない規格だといえる。
もし認証規格であるとするなら、もっと具体的・即物的であることが必要であり、あるべき姿を示すものなら認証規格ではなくガイダンスとすべきだろう。
ドラフトを読んで一番感じたことはそれだ。
企業側からみても、このような規格で適合ですと言われてもうれしくないだろうし、認証を受けてもその価値はハテナであろう。せいぜいが会社のルールを見直したり、トラブルが起きたとき、ISO14001を引っ張り出して、不足箇所や改善点を考えるときの参考資料とする程度ではなかろうか?
しかしさらなる疑問がある。ISO26000の出来不出来はおいといて、ISO26000では環境についても記述している。となると、個別のMSは存在しない、総合的マネジメントシステムしかないというご時世だから、そもそもISO14001が必要な理由はあるのだろうか?
 
審査可能性のもじりだと気が付いた方はプロです。

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