1990年代前半のISO審査員の持ち物と言えばアタッシュケースだけだったように思う。当時は何社も泊りがけで歩くなんてことはなかったようで1社に数日いると出張は終わりで帰還したようだ。だから書類は少ない着替えも少なかったのだろう。パソコンなんて持ち歩く以前に使わなかったように思う。
当時はISO対訳本というとA3サイズの大きく重い本だったから、要求事項のページだけコピーして持ってきていた。無断コピーなど気にもしなかったのだろう。
1994年頃はノートパソコンといってもものすごく重いものを持ってきて文章を打ち込むとプリンターを貸してくださいなんて言っていた。プリンタケーブルをつないだこともあるが、その後はLAN経由となった。コンピューターウイルスなんて気にしなかった、
この頃になるとさすがにアタッシュケースには入らないのでキャリーバッグが多くなった。中にはリュックサックのように肩に背負ってきた人もいた。
キャリーバッグになると小型のプリンタを持ってきてプリントする審査員もいた。
1997年頃になるとウイルスに気を使って、メール経由でword文書を送りプリントしてくださいなんて言った。私が現役だった2012年まではメールが多かったと思う。
服装であるが、1992年頃は普通のスーツだった。20世紀中は審査員は夏でもスーツ上下とネクタイは離さなかったように思う。我々もだが
クールビズが流行ったのは2005年、今は悪名を上げた小池大臣のときである。そのときから「我社はエコです(キリッ)」とノーネクタイ、ノー上着が始まった。まあそんなことはどうでもいいからしっかりした審査を頼みたいが、その願いはかなわなかった。これも私が引退する2012年まで続いた。いまはどうなんだろう?
私は今はTシャツ半ズボンで毎日を過ごしているが、駅でサラリーマンをみると、これは審査員だなと感じる人を時たま見る。なんというか臭いというかそんな特有な雰囲気があるんだよね どうでもいいけど
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