パラダイムシフト

このところスポーツ界でパワハラ、セクハラの大安売りだ。
私はそういう世界に疎いし、実際どうなのかを知る立場にもない。
しかし思うには時代とともに価値観が変わり、今の環境とか価値観に会わない人は生きていけないということは間違いないと思う。ダーウィンの適者生存はすべてにおいて真実だ。
まず、18歳の子一人を相手に複数の年配者が対応するというのは、録音がどうこうということではないだろう。女性と男性がホテルに行けば中で何があったかは知らなくても、そういうことをしたのだろうと判断されるのは一般的な判断基準であろう。一人の人を強制的に連れ込んで複数の人が話をするという環境であれば、それだけで異常だとみなされてもやむを得ないだろう。
もちろん昔は違った。セクハラだってパワハラだって問題にならない犯罪でない時代もあった。先輩とはゲンコで殴るのが当たり前という時代もあった。先輩の言うことには絶対に逆らってはいけないという時代もあった。特許には必ず上司の名前を書かなければならないというときもあったし、論文には指導教員と連名にしなければならないというのは今でもかもしれない。
だけど今は違う。そういう昔の感覚でいては付いてくる人はいない。暴力を振るわなくても、密室で圧迫面接をするようでは犯罪なのだ。
そういう感覚がない人が今やり玉に挙げられているのだと思う。ご本人は悪いことだと認識していない。俺だって先輩にやられた、なぜ俺がしてはいけないのか?俺が悪いはずがないと考えているだろう。
時代に遅れているということも犯罪なのだろう。
ISO審査も1990年代前半は、審査員は神様だった。今では企業は神様かもしれない。だけどどっちも間違いのような気がする。おっと、ISO認証そのものが間違いかもしれないけれど


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